アオノコキュウキ

言葉を綴ります。あしからず。

ノクティルカの探し物

 

 

ジリジリと熱い陽射しが地表を焼く。

僕は夏至という、日照時間が一年で一番長い日に生まれ、太陽から逃げるようにしてその限られた日陰で呼吸する術を獲得してきた。

しかしながら、太陽が殺人的な暑さを生む夏が苦手である。

溶けてしまう。

溶けて消えてしまう。

 

真冬にする、真夏の話。

 

 

太陽に照らされた世界での日陰の見つけ方。

それは相対的に見ること。

人間の目には生憎、温度を可視化する機能はついておらず、おおよそ

暗い場所を探す。

しかし、その視覚的差違を認識することができるのは、進化の賜物であろう。

僕らは今日も太陽に焼かれないように、手頃な日陰を探す。

日陰に入ってすぐは目が太陽の反射に焼かれている為、慣れるまでは真の暗闇のようにも思える。

 

少し目が慣れてくる。

本当は暗闇が持つ光を知っていたかのように、暗闇の中で慣れてくる。

同じように似通った日陰を求めた誰かを見つけたりする。

 

やぁ、君は誰だい?

 

同時に言葉を投げかけあっても

わかることは、わからないこと。

 

やぁ、君はどこから来たんだい?

 

やぁ、君はどこへ行くんだい?

 

 

そうして、乗り換え電車の隣の席で偶然居合わせたみたいな奇跡が時々起こる。

けれど、降りる駅は皆、違うのだ。

 

 

 

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暗闇の中で光を探す。

太陽が消えた世界で陽だまりの見つけ方。

それは、自分を疑うこと。

真の暗闇の中では、可視化できる光はそうは現れない。

強過ぎる光は暗闇さえ消してしまえるから。

 

手術の際に用いる照明を

無影灯と呼ぶらしい。

複雑に様々な角度から照らすその光達は、影の上から更に光を注ぎ込む。

僕らは逃げ場を無くして、隷属するのだ。

 

だから、壊してしまった。

 

 

 

 

 

海の底には何があるだろう。

空の向こう側には何があるだろう。

時折流らるる光を星と呼んだりして

僕らは生涯、それらを捕らえることはできない。

だから、深く潜るのだ。

どこか、無理矢理ではなく、深海のような場所を優しく照らしてくれるような、陽だまりを探して。

 

一体どれくらいの時間ここで過ごしたのだろう。

一体どれくらいの深さを潜ったのだろう。

他人と、世界と比較してみたところで、それらは結果的には何にも表してくれないことがわかった。

だから、潜るのだ。

暗闇の中で、ひかりをさがしている。

 

 

 

 

 

 

音がしたような気がした。

姿は見えない。

音がするわけもなく。

染まる、温度があった。

 

私の心底の震えが手の先、足の先に伝わる度に青白くひかるのだ。

生命の絶命する瞬間に、線虫の細胞は青白く発光すると聞く。

それらも自らの生命の危機を感じ、自らを青く発光させていた。

 

ノクティルカだ。

 

 

 

 

 

 

海洋性プランクトンが上か、下か、右か、左かもわからないまま、私の世界を青白く明滅させる。

それはほんの一瞬光って消える。

音のない花火のようだ。

 

僕が探していたものは、こんなものではないのかもしれない。

けれど、それは、繰り返す潜水の先に出会ったそれは、探し物に成り代わることもあるのだということ証明することにも繋がった。

 

しかしそれは永遠に探し物になり続けることは出来ない。

偽物は、一瞬だけ

一瞬だけ私を救った。

 

また、次を探さなければ。

 

心がその光に慣れてしまう前に、僕はまた深く息を吸い込んで、海底を目指した。

 

 

 

 

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探し物はなんだろう。

探しているのは何故だろう。

探しているのは誰だろう。

 

深海、と、宇宙、とは

同じだけ未知が存在するという。

私が漂い生きるこの世界には、知識や経験、情報では覆い尽くせないものがある。

それらを知り続けていけば、何も怖くなくなると思っていたのだが

まさか、永遠にも思える時間の中で、そもそも怖さという感情さえよくわからなくなるとは思わなかった。

 

ここはなんでもない深海。

 

 

私は宇宙を知らない。

また、私は深海を知らない。知れば知るほど知らないことの方が多いことを知らされ、結局わからないまま、それらは放棄され、忘れられてしまう。

私は一定どれくらいの時間ここに漂っているのだろう。

 

 

深海、と、宇宙、と

心というものの未知は底が知れない。

どれもがどれもに成り代わるほどの謎

僕らは遠い進化と退化の過程の中で心も、脳みそも置いてきてしまったが、僕らも、或いは僕ら以外も等しく、誰にも触らない、不可侵な領域を隠し持っているということなのだろう。

それが堪らなく愛しくて、尊い

堪らなく恐ろしく、儚い。

 

そんな感覚さえも、海に溶けていくような気がした。

もう、死期が近い。

 

 

 

いつの間にか光さえも届かない場所へ降りてきてしまった。

ここには光がない。

 

少し前まではあんこうの提灯があったような気がしたが、誰かがそれを求め食われてしまう姿を見聞きし、誰もその光を求めなくなった。

それから次第にその光さえも息絶えてしまった。

 

こうして少しずつ様々な仕組みが崩壊して、そしてまた新しい何かを生むのだろう。

 

故にこの身の崩壊にも意味がある。

私が消え、何かに変換される時、私はまた新しい世界へ行く。

そう思う。

思う脳みそもないけれど。

それで良いのだ。

 

 

 

 

 

 

波の揺らぎを感じた。

私に触れる何か。

 

何かはもがいているようで、諦めているようで、しかし、私はこれを知っている。

彼が私に触れて初めて

私が青く光ることを知った。

この世界には私と、私以外が確かに存在していたのだ。

 

私は初めて、私の心の在処を見た。

私の姿を見た。

他人の姿を見た。

 

 

暗闇という言葉さえなくなるくらい長く暗闇に居たせいで、忘れていた。

私の世界は誰かの介入で容易く壊れ、そして、動き始めた。

 

消えてしまった誰かを

私はずっと待っている。

消えてしまった誰かを

私はずっと探している。

 

もう、気付いてしまったから。

探し物は、私だ。

私と私を含む世界と私以外と

それらが幾重にも折り重なって紡がれるものを、私はひかりと呼ぼう。

そして、それらを探し続けよう。

 

ここが何処だろうと構わない。

わたしが誰だろうと

構わない。

 

 

 

 

 

 

 

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パタン

本を閉じて窓の外を眺める。

さっきまで降っていた雨が嘘のように、雲ひとつない。

今日はどうやら満月らしい。

 

白くまんまるの虹が空を押し広げているように見える。

 

僕は光を見つけた。

 

あなたの持っている光とは違うかも知れないけれど。

明日はどんな物語を読もうか。

そしたらそれをあなたに話そうか。

この悪夢が覚めた後で

あなたが確かに存在していたら

私の思い過ごしではなかったら

雨の止まない世界で、一緒に呼吸しよう。

 

え?

 

あぁ、

 

 

 

 

 

 

 

『雨、止まないね。』

 

 

 

何から話そうか、