アオノコキュウキ

言葉を綴ります。あしからず。

私は言葉を休ませない

30

 

私は言葉を休ませない

時折言葉が自らを恥じ

私の中で死のうとする

その時私は愛している

何も喋らないものたちの間で

人だけが饒舌だ

しかも陽も樹も雲も

自らの美貌に気づきもしない

速い飛行機が人の情熱の形で飛んでゆく

青空は背景のような顔をしてその実何も無い

私は小さく呼んでみる

世界は答えない

私の言葉は小鳥の声と変わらない

 

 

 

31

世界の中の用意された椅子に座ると
急に私がいなくなる
私は大声をあげる
すると言葉だけが生き残る

神が天に嘘の絵具をぶちまけた
天の色を真似ようとすると
絵も人も死んでしまう
樹だけが天に向かってたくましい

私は祭の中で証ししようとする
私が歌い続けていると
幸せが私の背丈を計りにくる

私は時間の本を読む
すべてが書いてあるので何も書いてない
私は昨日を質問攻めにする

 

 

 

 

 

62

世界が私を愛してくれるので
(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる

私に初めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかり聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから

空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために

・・・・・・私はひとを呼ぶ
すると世界がふり向く
そして私がいなくなる

 

 

 

 

谷川俊太郎

 

 

「62のソネット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は言葉を消したい

時折言葉が私を問い詰め

私の外で死のうとする

その時私は、言葉にどうしてあげればよかったか

わからないのだ

言葉を扱うモノたちの中で

私だけが異物で

しかも、君も、あなたも、世界も

自らの醜さに気づきもしない

ぬるい孤独が人の絶望の形で置き去りにされている

あなたは背景のような顔をして、その実顔が無い

私はいつまでも大きな声で呼んでみる

誰も答えない

私の言葉は

音楽にでもしないと聴いてすらもらえない

私の言葉は降り止まない雨音と変わらない

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の中の用意された言葉を扱うと

急に私がいなくなる

私は歌を歌う

すると音楽だけが生き残る

あなたが私に嘘の絵の具をぶちまけた

あなたの言葉を真似ようとすると

歌も心も死んでしまう

時間だけが終わりに向かって忠実忠実しい

私は音楽の中で証ししようとする

私が歌い続けていると

昨日が私の点数を測りに来る

私は他人の物語を読む

書いてあることしかわからない

書いてあることもわからない

私は昨日に質問攻めされる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが私を愛してくれるので

(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる

私に初めてひとつのことばが与えられた時にも
私はただ父親の車のエンジン音だけを聞いていた
私には複雑な悲しみと喜びだけが明らかだ
全ては誰のものでもないから

空っぽに容れものにヒトに
私は報いようとする
やがて誰かに許されるために

・・・・・・私はあなたを呼ぶ
するとあなたがふり向く
そして私がいなくなる