アオノコキュウキ

言葉を綴ります。あしからず。

リクノコトウ その2

 

 

一本の暗い道を進んでいくと

街があった

僕はその街の名前を知っている

その街の在り方も、その街がどうしてそうなったのかも、知っている

 

自分のことはほとんど何も知らないのに、だ

 

 

その街は誰かの為を形にした街

介護?救済?沢山の言葉や意味が頭の中にじんわりと浸透していく

これは一体誰の記憶だろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この街の名前は

ゴナータウン

 

誰かの為を作り上げようとして

その、誰かがみんな居なくなってしまった街

それは最初から決まっていたことなのかもしれない

少しずつ老朽化して朽ちていくだけの街

動き続ける機械達

 

僕は何の為に、誰の為に、ここに居るのだろう

いつまでも後ろ髪引かれるような気持ち

きもち???

 

 

 

 

僕はもう戻れないことを知りながら

またその先へと進んでいった

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

ゴナー Goner

〈話〉死にかけている人、瀕死状態の人、もうすぐ死ぬ人、死ぬ運命にある人、助かる[生き残る]見込みのない人、回復不可能な人[物]、致命的状況にいる人、生存不可能な人、もう駄目な人、絶望的な人[物]、死に体、〔生命的・社会的に〕再起不能な人、壊れて使い物にならない物◆可算◆【語源】gone(行ってしまった・去った・もう戻ってこない・回復不能な・失われた)+ -er(~する人・~するもの)
・I thought I was a goner. : もう駄目だと思いました。◆【場面】窮地などで死ぬかと思った。
・The patient is a goner. : その患者はもう助からない。
〈話〉絶望的な状態、完全に終わった状態、救いようのない状況、取り返しのつかない状態

 

 

失敗するつもりで、間違えるつもりで生きる人なんていない、と思う

勿論例外はあるのだろうけれど

けれど、いつか終わることがわかっていながら

それを名前に込めた街があったら、

 

 

ということを考えながら

でも、人間だってそうでしょう?

いつか死ぬことが、いつか終わることがわかっていながら、いつかさよならしなければいけないことがわかっていながら今日も生きてあなたと出会い、話をする

戻ることが出来ない一本の道を進むしかない

景色は歪んで

いずれ、思い出せなくなる

 

正しさや整合性とは全く別の部分で

考えるということを与えられた人間

 

どこに行き着くのかは行ってみなければわからない、気がする

 

 

 

--------------

 

 

2026年6月21日に

新宿Marbleにて

深居優治単独演目公演

『リクノコトウ』が終わって

もう1週間が過ぎた

 

ブログ、毎日書く気持ちでいたのだけれど

全然生活が、日々が切迫していて

追われながら生きている感覚

おわれながら、終われながら

なんかこういう、言葉遊びじゃないけれど

ダブルミーニング系、すき

ラッパーの才能あるかも

 

そんなことばかり普段考えて生きているから

人の言葉尻が気になったり

ふとした言葉に勝手に傷付いたり悲しんだり腹立たしくなったり

とても生きづらい生き物だなって思う

 

敏感なんだなって思う

人の目線や、身体の向き、手足のこわばり

使う言葉や温度、速度、全部が情報で

例えば昨日の晩御飯何食べた?って聞いた時

どこに目線を送るかによって

その人が何を元に次の言葉を探しているかの手掛かりになる

とかね

 

人間の行動全てにその人を取り巻く情報が潜んでいる、いや、大っぴらに溢れ出ている

 

SNSとか気をつけないとダメだよ

 

昔、まだTwitterのいいね欄が見ることが出来た時代

その人の住んでいる場所や交友関係を探るのはとても簡単だった

 

探偵の才能あるかも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことば、言葉に縛られて

言葉に救われて、言葉に殺される毎日

『言葉なんてなければいいのに』という言葉を吐く

そんでまたそれを言葉に認めて文章とする

どこの誰が読んでいるかもわからない

だからいつも反応を求めてしまう

長文でライブやなんかの感想を

しかもSNSなんていう目に見える場所で

不特定多数が見る場所で発信してくれる人

軽率に言って好きです

言語化を控えない人はただの素敵な人に見えます

 

 

言葉、昔から言葉に並々ならぬ思いがあって

というのも、昔、言葉が不自由だった

小、中学生くらいまでの記憶で

誰かに言い負かされて言葉が出ず

暴力に訴えていた記憶がたくさんある

というより、その間の記憶が無かったりする

感情の蓋が壊れていて、それを表現する術が暴力しかなかったのだ

大暴れ深居優治

名前も家族も学校も

全部嫌いだった

 

 

 

けれど、それで損をすることがあまりにも多くて

かつ、嫌悪感と同時に言葉を巧みに扱う人間を見て、憧れがあったのだと思う

言葉をどう扱えば良いか

人はどういう時にどんな言葉を使って

どんな立ち振る舞いをするのか

人間観察が好きになったのはおそらくこの頃

そして、中学生の頃、いじめの延長で生徒会長になってしまった時

人前に出るのが苦手な深居優治は

最初の全校朝会で、酸欠で倒れるんですね

人前で喋る術なんて持ってないから

 

 

 

 

 

でも、そこから

人前で何かものを喋るためのやり方を教わったのよね

あの時の先生には感謝している

 

高校時代

言葉をうまく扱えるようになって

それで、万能感を得ていたような気がする

 

高校の売店で毎月川柳を募集していて

採用されたら売店で使える金券が貰える

というのがあって

毎月投稿しては金券を荒稼ぎして

その金券で売店のルーズリーフと筆記用具を買って、また川柳や歌詞を書く(この頃音楽はまだしていない)

なんとなく

自分で生み出したものでお金を生み出して、それでまた何かを生み出す

というの、子ども心になにか、すごいことをしているという気持ちになっていた

 

作詞家の才能あるかも

 

なんてね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで、人の中で生きる術を着々と獲得していった気がしたのだけれど

部屋の中でひとりで居ることよりも

誰か、人の中で感じる孤独の方が、より孤独を感じるのだなとなんとなく思うようになった

陸の孤島

言葉が達者になればなるほど

人との距離が遠くなっていくような感覚

 

アリウムという花

放射状に広がる小さな花びらを見て

美しいと思った

花言葉は

 

無限の苦しみ

 

 

私が生み出した言葉は、人との隔たりを生む

無限の苦しみ

 

そんな曲を書いたことも、あったね

 

 

 

 

アリウム

 

 

 

言葉はまた、僕の中から抜け落ちて

僕の知らないところで根を張って

芽を出してゆく。

吸い込んだ嘘の分だけ

大きくなる植物に意味を付けてよ。

歌う声は遠くなるばかり

切り離された風景を見ていた。

 


嘘で固めた球体の中で忘れてゆくだけ

僕は誰かの迎えを待っているのでしょうか。

 


同じ言葉ばかりが続いてゆく道を背に

誰も居ない場所で海を見ていた。

冬の匂いがした。

 


嘘の分だけ美しく咲く世界なら僕は

枯れてゆく花でいい。

誰も居ない場所でいつも怯えていた

追い出さないでよ。

行く当ても、帰る場所も無いから。

 


無限に広がる苦しみの花弁

言葉はまた、僕を苦しめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

 

 

上手に生きる才能は無かったなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

リクノコトウ その1

 

 

 

目覚めた部屋では一定の速度で音がする

目覚めた瞬間に知っていることが沢山あることに気付いた

そして、自分がどこから来たのか

ここはどこなのか

そして、どこへ行くべきなのか

それら一切がわからないということを知っていることに気付いた

 

声の反響の速度や角度、広がり方で

自分が居る空間の大きさや材質なんかを測ろうとした時

光が通り過ぎるのがわかった

 

 

 

 

 

あの光はなんだろう

 

 

 

 

 

自分が何者なのかも

どうするべきかもわからないのに

その光を求めていることがわかった

はっきりとわかったのは

私がそうしたいと感じたということだった

 

そして、私の中にある一定の速度の音が

ほんの少し速くなったような気がした

 

彼の肩には

Ao-

と書かれていたが、その文字には続きがあるように掠れて見えない部分がある

 

 

彼は自分のことを

アオ、と呼ぶようにした

 

天窓から見える光はもう見えないけれど

この先の一本道を進めば、何か始まるような気がする

 

そろそろ行かなきゃ

 

 

 

 

 

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神様というものが本当に居るのなら

どんなに役立たずだろう、

 

 

というようなお話

よく聞いたことがあるお話

 

神様がもし居るとしたら

決して善人でも悪人でもないのだと、私は思う

 

 

それこそ、私たちが三次元に居て

二次元やなんかを生み出せてしまう

そしてそこに介入したり壊したり出来てしまうのなら

私たち以上の存在が居て

そいつが私たちを生み出して介入して

いつか壊してしまうかもしれない

 

それに対して祈ったり願ったり信仰したり

その気持ちを否定することはないけれど

私たちがカブトムシを見て個体差がわからないように

もし、神様が居たとしても

その個体差に気付きもしないのではないかしら??

 

 

 

まぁ、神様が我々人間の中の

特殊なカブトムシコレクターと同じくらいのめり込む癖があれば

話は変わるのだけれど

 

 

 

 

神様が居るならきっと

全能の力を持った赤ん坊のようなものなんじゃないかなって思うの

 

力を持っているだけで

その時々の機嫌や気まぐれで

救ったり救わなかったり

壊したり壊さなかったりするんじゃないかな

 

 

そしてその生み出した誰かは

生み出した存在のことすら忘れてしまうこともあるかもしれない

 

 

 

けれど、生み出された側の物語は続く

そしていつか終わりを迎える

 

箱庭の中で、息をしている

与えられた肉体と、心と

私は手一杯かもしれない

 

 

 

 

-------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、リクノコトウ、というお話を書き上げるに際して

高校時代にブログに創作のお話や、歌詞なんかを沢山書いていて

その時に、アルバム単位で物語になっている歌詞たちを書きたいなー

と思って書き連ねていたのが

『リクノコトウ』というお話

  

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その時のブログ(もう消えてしまっているけれど)のスクショ

無言劇っていうのも

夢幻劇に繋がるような語感

今読み返しても顔から火が出るような気がするけど

これもまた私の大切なこれまで

愛せるようにしたいな

 

リクノコトウ

陸の孤島

 

生命のそれから隔絶された

谷間にある街、というよりは工場地帯

元々何かを作り出すために作られた閉鎖区域

そこではもう人は居なくなってしまっていて

機械だけが動き続けている

そこで目を覚ます『アオ』

 

彼は自分がなんなのかということを確かめる為に

目覚めたゴミ処理場から出口を目指すんですね

目覚めた時に見たあの光を求めて、

 

 

というようなお話

なかなか、演目内では表現しきれない伝えきれない話

文章化できたら良いなーなんてのも考えているし

今回の演目

リクノコトウでの楽曲をレコーディングして

リクノコトウというアルバムを出したいなって考えてます

 

アルバムが出来たらその時は

リクノコトウの再演

次はパンフレットや何か

グッズを作りたいね

 

まだまだこれからだ

楽しみにしていてね。

 

 

 

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救い、の話

 

今回の演目での曲目

 

言葉の階段

デウス・エクス・マキナ

私は今日も螺子を巻く

モノ

Goner

にせもののたいよう

カーテンコール

スログ・バルドソドル

夜明けのソテリア

 

この、最後

夜明けのソテリア

という曲

 

 

ソテリアとは、ギリシャ語で

救い、救済

という意味を持つ言葉

 

私、ギリシャ語好きなのよね

語感ももちろん好きなのだけれど

何より、その、一言で言語化できないというか

日本語にすぐ訳せない言葉が数多くあって

曲名にしたり、イベント名にすること多数

 

クオリア

ルミナリア

ゴフェル

アポリア

アパテイア

レクシア

レムリア

メテフィラ

エフィラ

エフェメラ

ヒュプノス

プロメテウス

ティポタフォビア

 

やー

レッツ厨二病

 

 

ソテリア

救いの曲

 

私は音楽を始めた時

元々音楽に救われたと思っていた

誰かの作った曲を聴いて

勝手に救われていた

共感していた

わかってくれているとさえ思っていた

 

けれど、その曲たちは

誰かにとって誰かに向けて書かれただけで

私個人に対して書かれたものじゃない

もしかしたら不特定多数に対して書かれたものかもしれない

と考えてから

もしかしたら私が私だけの人生を生きていくうちに

誰の音楽も、私に対して歌われているわけじゃないのなら

私にいつか響かなくなるんじゃないだろうか

いつか音楽が私を救えなくなる日が来るんじゃないだろうか

って思い始めた17歳頃

じゃあ、私が私を救う為に曲を作らなきゃ

って思ってしまったのですよね

そうして音楽を始めた

大学から始めたので19歳頃

 

そこからずーっと変わらない

私は私を救う為の音楽を作り続けている

というやつ

そんな中で、それを受け取った誰かは

勝手に救われている

と思ったりしていた

 

それこそ寓話みたいに

花咲か爺さんや舌切り雀みたいに

読んだ人が自分の中で考え、解釈し、落とし込む

こうならないようにしよう

とか

こうしてみよう

とか

 

 

 

そういう音楽で良いと本気で思っていたのだけれど

様々なことを考えるきっかけがここ数年、いや

もしかしたらずっとその最中だったのかもしれない

 

 

 

私はもちろん私を救いたいけれど

目の前にいる誰かくらいは

救えたらいいなって本気で思ったりしているのよ

 

私にとっての救いが誰かの救いになれば良いなとも思うし

誰かにとっての救いが私の救いになるかもしれない

誰かの為こんなにしたのに!!って憤りや悲しみを感じることもある、あった

でも、自分の思う世界や言葉や空の青さが

他人にとって全く違うものであることもある

だからこそ、100%何かを伝えることなんて出来ない

けれど、伝えたいという気持ちは無くさないでいたい

 

誰かを救おうとして

もしかしたら、2%くらいしか救えないかもしれないけれど

それでも私はこの世界を諦めたくないなって思うの

 

何かやって、何もかもダメかもしれない

でも、もしかしたら何か変わるかもしれない

 

だからこそ私は

ほんの少しだけ世界に期待したい

 

そんな感じ

本当に伝えたいことほど

うまく言葉になっちゃくれないので

きっと私は歌を歌うのだと思う

 

 

救いについて

昔見た映画のワンシーン

誰かの為に何かしようとした人形が

結果誰かを傷付けてしまう

けれど、誰の為にもならない行動を見た誰かが

それを見て、綺麗、と言った

誰かにとっての救いになったりもした

私が私の為にする行動で

私が誰かの為にする行動で

誰の為にもならないかもしれない

でも、誰かの為になるかもしれない

その先に何が生まれるかわからない

経験則や、様々な学問や哲学、知識によってでは

測ることが出来ない何かが、あるといいな

 

そんな話

 

きっとこうした言葉を並べ立てる間

私はずっと救われたいんだなと思いながら

そんな考えや言葉やそれを聴いてくれる、見てくれるあなたの存在に

救われていたりするんだろうね。

 

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蜃気楼の街

 

 

 

これまでの道すがら

様々な約束事をしてきた
それは幾つも反故になり
そこにあったはずの関係性さえも
今では触れることの出来ない遠い景色のようで

遠いからこそ美しく見える瞬間もあるけれど

次第にそれがどんなものであったのか

本当にそんなものがあったのかすら

わからなくなってしまう

 


時間がかかってしまって

見放されてしまっていたとしても

果たしたいものがあったり
逆に、ずっと信じて待っていることがあったり

そんな綺麗事のような呪いのようなものが

瓶の底に残ったジャムみたいにずっとそこにある
瓶ごと捨ててしまえば幾ばくか楽になるだろうけれど

私は未だ私を捨てきれないのだよな

 

 

 

約束

口約束のようなもの

それが例えば金銭のやりとりであったり

物質的なものだけではなく

心的なものであったりもする

いつか、いつか、という言葉を並べたて

先送りにしてきた幾つかのもの、こと、が

私の良し悪しを値踏みしている

それは勿論、他人に対しても言えることで

私が忘れているようなことでも

他人は苛まれているかもしれない

まぁ、それらを忘れて平然と暮らしている人間も居るのだろうけれど

 

 

 

 

約束事があった

それは、酒の席での譫言のようなものであったのかもしれない

もう二度と会えない他人へのリップサービスのようなものであったのかもしれない

あるいは、自分を大きく見せようとした、実現不可能な事柄であるにもかかわらず、他人からの注意を引くための詭弁であったのかもしれない

そこにある感情は本人にしかわからず、また、本人でさえ言葉に舵を取られ、得も知れぬ方向に投げ出されたものかもしれない

宛ら宇宙空間

無重力状態で投げ出された言葉は、気付いた時には誰かを傷付け、また、自分を傷付けてしまっているかもしれない

かもしれない

しれない

ない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束事があった

まだ、生活は続いている

私はゆっくりと日々を畳んでゆく

本当はもうどこにもないかもしれない

誰かとの約束事

口にした時点で、書き出した時点で、言葉は命を持つ

確かにこれまでの道すがら

私は変容してきた、きてしまった

だからこそこれまでの私が扱ってきた幾つもの言葉や、関係性に対して

責任がある

 

ゆっくりでいいので、きちんと人間になりたいなと思う

まだまだ人間未満

 

はろーぐっばい

あなたは雨を忘れる

いざ何か言葉にしようとした時
それが誰かに届く頃には
その言葉を認めようとしたその瞬間の私は
もうどこにも居ないのかもしれない

 

 

言葉は容れ物である

その容れ物をより明確に、人間の意識の中で普遍的なものにすること

誰しもが共通認識で受け取り、渡せるものにすることが、おおよそ人類の目指す言語の完成形ではないだろうか

 

然し乍ら、それは恒久の時を経たとしても

達成されることはないだろう

言葉は容れ物で、それはいつまでも

誰かの想像の範疇を抜け出すことはない

私達の脳はそれぞれがそれぞれの場所にあって、何一つ繋がってはいないからだ

『ありがとう』という容れ物に私が感謝の気持ちやそれに付随する他意、それらをより効果的に伝える為に環境整備をしたとしても

あなたが受け取ったのはあなたのこれまでの経験則で再構築された『ありがとう』という容れ物であり、その中に入っているのはあなたのこれまで見聞きしたありがとうという感情なのだ。

私が渡した容れ物は、もうどこにも無いのだ。

それなのに私達はそれらをなんとなく伝わったとか伝わっていないとかで判断してしまう。

『ありがとう』という言葉を、生まれたその瞬間から悪意のある言葉だと、殺意を伝える言葉だと、他人を罵るための言葉だと教えられた子どもが居たとして、その子どもに『ありがとう』という言葉を放った瞬間に、私はきっとその子どもに何も伝えることは出来ないだろう。

言葉というのはそれ程までに不完全で、曖昧で、無価値なものなのかもしれない。

それでも私は言葉を使う

今もこうして長ったらしい言葉を文章にして書き綴っている。誰かに何かを伝えたいのか、誰かに何かをわかって欲しいのか、或いは気付いて欲しいのか。

 

その容れ物は、文章になったり、音声になったり、歌になったりする。

しばしばそれらを使って人類は学問としたり、芸術としたり、商売としたりする。

最初、狩猟の為に意思疎通を図る道具を模索した人類は、ただ生命の危機を脅かす獣との戦いを終え、本来の使い方では無い形で言語を振り翳して生きている。

歌は小鳥や海獣たちだけのものではなくなって、けれど決してそれらはいつまでもそこに残るものでは無い。

エフェメラ

いつか消える存在

私たちの存在も、言葉も、歌も、音楽も

どこにも無くなってしまう

だから恐ろしいのか、だから安心するのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌うことはおそろしい

自分にとって自信のある事柄をいくつか挙げろと言われた時、必ず歌うことはその中に入ると思う。

けれど、そう思えるようになったのは近年のことである。

歌うのは好きだった、けれど

誰かに誇れるようなものでは無いと思っていた。

趣味の延長線上にあって、その実、他者と比較することで自分の立ち位置がわかるからこそ、もっと優れた誰かのことを思うと、私のそれはとんだ飯事のようなものであった。

 

だからこそ、他に目を引くものが欲しかったのだ

感情的なパフォーマンスも、大量の音響機材を並べることも、それらを駆使して大きく多彩な音で観るものを圧倒することも、もしかしたら自分の歌や音楽への自信のなさを覆い隠す為であったのかもしれない。

弱いものほど沢山の言葉で自分を守ろうとする、飾ろうとする、誤魔化そうとする、そんな風に。

 

少しずつ、歌が歌えるようになって、少しずつギターが弾けるようになっていって、少しずつ、良い曲が作れるようになって

そこで初めて気付いた、やっぱりその虚勢の部分も私だった。

 

自分を大きく見せる為に吐いた嘘も、気に入られようとして取り繕った身なりも、あなたにわかって欲しくて並べ立てた幾つもの言葉も、全部全部私そのものだった。

だからこそその過度なパフォーマンスも大量の機材も大きな多彩な音たちも、全部含めて私だった。

それら全てを剥ぎ取られても、それもきっと私だった。

でも、何にも無い自分で居ることは恐ろしいね。

私はきっと、忘れられたくないのだ

忘れたくないのだ

それでも忘れられてしまいたいのだ

忘れてしまいたいのだ

ここに居たいのだ

どこにも居たくないのだ

 

私達の存在自体は大いなる矛盾

 

ただ、この容れ物に入れた何かに気付いたあなたが、次に私に言葉を渡してくれる時

私はそれをきっと愛しいと思うだろう

何にも伝わらないような気がした夜に

何か伝わって欲しくて言葉を書いた

何にも伝わらなくたって良いから

それでも伝えたいという気持ちは無くさないでいたい

分かり合えないと知っていながらも

それでも分かり合いたいと思い続ける事ができたら

私はきっと、本当の理解を知るだろう

いつか、いつか、いつかきっと

 

 

 

 

さて、何から話そうか、

 

 

ダメに効く薬

日々を暮らす

誰にも悟られぬように、自分の城の中で

平静を保つことと、分解を繰り返す

その箱の中で自分が再構築されてゆく

その様を見ている、俯瞰で

おかしくなれないのはどうしてだろう。

 

 

 

 

 

 

ジャネーの法則によれば

体感時間的に見れば、19歳で人生の半分を終えている

あとはどんどん速くなる時間の中で

どんどん乾燥していく日々の中で

終わるまでの準備をするしかないのかもしれない

心は平穏を取り戻しながら

身体はいつだって充電100%なのに本当はバッテリーが古くなってすぐに充電が無くなる見せかけの100%

私はそんな日々を誰かの為に費やそうとしてきたけれど、本当は全部自分の為だったことに気付いて何をするのも億劫

どうせ、どうせ、どうせ

そればかり連なって人の優しさも握り返すのがおそろしいのだ

 

 

 

 

だが、それでも尚、返さなければならないことがある

果たさなければならない約束や

人として全うしなければいけない

最大限のことが、未だ未達成のまま

連絡も返さなければならないのに

私はずっと自分の城の中に居る

それがいつか崩れるかたちのなかに在ったとしても、だ

 

 

 

 

 

 

 

人が離れていくこと

評価されないこと

誰かの記憶の中から次第に消え失せてゆくこと

誰かの物語の登場人物にすら

なれないこと

様々な要因が自分にあることもわかっていて

それを拭い去る術も見えているつもり

あくまで、見えているつもり

こうすればうまく行くということが見えているつもり

なのに、何もしない

それは本当は何にも見えていない

私には遂にわからず

ダメを積み重ねていく

また間違えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タスク処理をせねばならぬ

シングルタスクでは追い付かないから

複数こなす為にまずは箇条書き

現実を直視した瞬間に

これ、無理じゃない????と初めて気付く

もう、5月も終わりに向かっている

 

 

来月は誕生日

毎年、生誕にかこつけて何かしらやってきたし

沢山単独公演もやってきたけれど

それは観に来てくれる人が居て、聴いてくれる人が居たから出来ていたこと

私にはもう、それをするだけの価値も無いのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈んでゆく全てを見ながら

自分が沈んでいる時は、他人が浮上して

置いて行かれたような気持ちになる

 

沈んでゆく全てを見ながら

自分以外の全てが沈んでいる時は

自分がその全てから浮いてしまっていることに気付けない

 

沈没を、一体何度別のものに置き換えて

私は私を守ろうとしたのだろうね

優しい言葉が欲しかったのに

優しい言葉を渡せなかったのは

何故だろうね

また間違える

落ちたら上がるしかないなんて

その言葉を信じていられるうちは

きっと大丈夫なのに

底、抜けることがあるんだって気付いたら

まだ落ちるのかって

笑えてくる

 

 

 

 

言語化を控えない

 

知っていることと知らないことを天秤にかけて

得意気になる人が居るだろうか

『私はほら、人よりも知っているから』と

他人を見下ろすことでしか優越を得られない人が居て

けれど、知っていることと知らないことを比べて

あなたは一体、どうやって答えを出すことができる???

 

少なくとも

『すべて』

と書かれたあなたの人生を記した本が世界のどこかにあるとして

その本の中に書いてあることの

ほとんどをあなたは知らないのではないだろうか

いや、これは過言で

私はそもそも私以上にあなたのことを知らないのだった

私は私の世界のことを知らなさすぎる

生きていることも

死んでゆくことも

空の碧さも

海の蒼さも

愛の形も

君の優しさも

おもいだせないのー

おしえてほしいのー

 

 

 

 

 

閑話休題

 

 

夜の海に落ちたことはあるだろうか

或いは、宇宙空間に放り出されたことは?

目も耳も潰れて

街を彷徨ったことは?

 

 

ありもしない空想だと読み下した人が多いだろうか

だからこれはあくまで空想のその先

 

きっと、それは恐ろしいことで

自分が今どこに居て

どこを向いているのか

それら一切がわからなくなる状態では

きっと、きっとだよ

まるで自分が居ないような

そんな恐怖に取り込まれてしまうのだろう

 

だから人は目に見えるものに縋るし

他人を見上げたり、見下げたりしながら

自分という存在の現在地を常に探しているのだろう

あんなに上手くいっていたのに墜落

そもそもうまくいかないから地べたを這う

地に足がつかないのが生活のサイクル

その、誰かにとっての当たり前が崩れてしまった瞬間には

その誰かは壊れてしまうのかもしれない

 

本当は誰でもいいのよ

自分が誰であろうと

どこから来てどこへ行こうと

『同じ夢の中に居られるならそれが悪夢でも構わない』

そんな風にして

何かしら、自分を律することの出来る物差しを

見つけていくことがおおよそ

人間が死に向かうまでの道筋で事切れてしまわないようにする手段ではないか

 

 

幸福について

私はいつまでも懐疑的で

本当はそんなものどこにも無いような

気持ちにさえなる

 

大昔、人が言語さえまともに扱えなかったころ

様々な概念や感覚、常識や

共同幻想は、賢い誰かが作ったのではないかと思っている

その誰かは他人を、もしかしたら

ただの労働力としてしか

見ていなかったのかもしれない

するとどうだろう

現実として、人はいずれ死ぬ

個体差があり、得手不得手がある以上

同じように努力をしても

その結果には差違が生まれてしまう

その上で不平不満が出ないようにするにはどうするべきか

 

 

 

 

『幸せというものがあってね、人間は生まれながらにして、この幸せというものをいつか掴む為に生きているのだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間は厳禁なもので、何かをする際に

最初は良くても、長く続けることで

ご褒美が欲しくなる

しかも、それが同じご褒美では満足できなくなる

幸せってものがあってね

それに向かって頑張れば良いことがあるよ

って刷り込まれてしまう

 

けれど、それは賢い人間が作り上げた幻想

『無いんです、世界のどこにもそんなものは』

 

 

するとどうだろう

それを目指して生きていた

それを求めて生きていた

それまで頑張っていた

それが無いとわかった瞬間に

人は壊れてしまうのかもしれない

 

だから、人は心が壊れない方法として

自分を騙すことにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうか、生きていることそのものが幸せなんだ

そうか、この人を愛することが幸せなんだ

そうか、生き甲斐を見つけることが幸せなんだ

そうか、家庭を持ち、誰かと生きていくことが幸せなんだ

そうか、そうか、そうか

幸せというものは気付かなかっただけで

ずっとそばにあったのか

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして幸福の青い鳥は手のひらからするりすり抜けて

遠くへ飛び立ってしまいました

 

 

となるのが物語

 

現実世界でその"幸せ"へのすり替えが成功すれば

その人はきっと幸せで

だから幸せとはなんですか?

という問い掛けが一つにまとまらないのだ

 

 

 

 

と、まぁここまで全てが私の妄言で

それをどう捉えるかは

その人にしかわからない

私は、私の世界において

幸せなんてものはないと思ってしまった

だから、私はもうすり替えが出来ないのです。

 

 

 

言語化を控えない人は好きです。

けれど、言語化してはいけないこと

言語化してはいけない時と場合

というのは勿論あると思っていて

だから私は、こうして言葉にすることは

最も恥ずべき悪徳だとさえ思う

 

 

私の言葉を綺麗だと言ってくれる人が稀に居て

それは嬉しいことだけれど

丁寧に塗り固められた壁や、丁寧に舗装されたコンクリートの道の裏側に

本当は何が隠されているのか

それを知っても綺麗だと言うのか

 

私にはわからないけれど

もっといびつで、よごれていて、ふれると

こわれてしまいそうなもののほうが

あんがいきれいなのかもしれないよ

 

 

 

 

 

私は言葉を休ませない

30

 

私は言葉を休ませない

時折言葉が自らを恥じ

私の中で死のうとする

その時私は愛している

何も喋らないものたちの間で

人だけが饒舌だ

しかも陽も樹も雲も

自らの美貌に気づきもしない

速い飛行機が人の情熱の形で飛んでゆく

青空は背景のような顔をしてその実何も無い

私は小さく呼んでみる

世界は答えない

私の言葉は小鳥の声と変わらない

 

 

 

31

世界の中の用意された椅子に座ると
急に私がいなくなる
私は大声をあげる
すると言葉だけが生き残る

神が天に嘘の絵具をぶちまけた
天の色を真似ようとすると
絵も人も死んでしまう
樹だけが天に向かってたくましい

私は祭の中で証ししようとする
私が歌い続けていると
幸せが私の背丈を計りにくる

私は時間の本を読む
すべてが書いてあるので何も書いてない
私は昨日を質問攻めにする

 

 

 

 

 

62

世界が私を愛してくれるので
(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる

私に初めてひとりのひとが与えられた時にも
私はただ世界の物音ばかり聴いていた
私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ
私はいつも世界のものだから

空に樹にひとに
私は自らを投げかける
やがて世界の豊かさそのものとなるために

・・・・・・私はひとを呼ぶ
すると世界がふり向く
そして私がいなくなる

 

 

 

 

谷川俊太郎

 

 

「62のソネット

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は言葉を消したい

時折言葉が私を問い詰め

私の外で死のうとする

その時私は、言葉にどうしてあげればよかったか

わからないのだ

言葉を扱うモノたちの中で

私だけが異物で

しかも、君も、あなたも、世界も

自らの醜さに気づきもしない

ぬるい孤独が人の絶望の形で置き去りにされている

あなたは背景のような顔をして、その実顔が無い

私はいつまでも大きな声で呼んでみる

誰も答えない

私の言葉は

音楽にでもしないと聴いてすらもらえない

私の言葉は降り止まない雨音と変わらない

 

 

 

 

 

 

 

 

世界の中の用意された言葉を扱うと

急に私がいなくなる

私は歌を歌う

すると音楽だけが生き残る

あなたが私に嘘の絵の具をぶちまけた

あなたの言葉を真似ようとすると

歌も心も死んでしまう

時間だけが終わりに向かって忠実忠実しい

私は音楽の中で証ししようとする

私が歌い続けていると

昨日が私の点数を測りに来る

私は他人の物語を読む

書いてあることしかわからない

書いてあることもわからない

私は昨日に質問攻めされる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが私を愛してくれるので

(むごい仕方でまた時に
やさしい仕方で)
私はいつまでも孤りでいられる

私に初めてひとつのことばが与えられた時にも
私はただ父親の車のエンジン音だけを聞いていた
私には複雑な悲しみと喜びだけが明らかだ
全ては誰のものでもないから

空っぽに容れものにヒトに
私は報いようとする
やがて誰かに許されるために

・・・・・・私はあなたを呼ぶ
するとあなたがふり向く
そして私がいなくなる