アオノコキュウキ

言葉を綴ります。あしからず。

『ヒュプノスの子供たち』 バコト

六月

『ゆめみたい』って吐きかけた後で

その言葉の意味を反芻する。

僕らはいつでも間違えて

僕らはいつでも正しくて

僕らはいつでも誰かの中で

僕らはいつでも僕らではなくなってしまう。

『ゆめみたいね』って君が言う

僕はもう、それがなにを指し示すのか

知る由も無いのだ。

 

 

 

 


七月

雨を集めていた筈の日々は

私の中で少しずつかたちを変えて

かたちの中に私を探すようになった

かたちはもうどこにもないのに

雨が雨でなくなったあと

私たちのことを悪く言う全てが混ざり合って

誰かの名前の中で永遠に踊り続けていた

限りある海を知ったあとで

深海に降る雨の話を聞いた

私はゆっくりと浮遊して

青い太陽が全てを染め上げるのを

じっと眺めていた。

 

 

 

 


八月

落下する顛末

叱咤する週末

羽音に苛まれる日々は憂鬱

憂と優しさを履き違えて

僕はまた裸になってしまった

無能には見えない私の表皮は

御伽噺の中でこそ真実となる

夏が一頻り命を食べたあとで

僕らはゆめを食べていたのか

ゆめに食べられていたのか

まだ成長を続ける太陽の最中

僕らは蛍光灯に命を預けることになった

僕らのよく知る太陽は、もう、死んだらしい。

 

 

 


九月

夜が落ちてくる

私は空に落ちてしまう

眠るのが恐ろしい

あいつが迎えに来る

度重なる逃避のせいで

ここがいつもの教室に成り代わる

チープな眼鏡ケースを破り捨てた

泡を吹いて倒れる人物

私の記憶の外にある風景

仲間を探す為の音階

敵を見つけ出す為のソナーになって

私は青い部屋で一生を終える

外に出てもゴミの中

中に居てもゴミの外

あいつは最近では特に、よく笑うようになった。

 

 

 

 

 


十月

冷たい雨のパレード

ひとりごとで会話する季節

これで何度目かの空想

黒板に書いた誰かの思想

ゆめの代わりを強要される正方形

僕らは箱になってしまった

箱の中に何を隠そうとしても

雨が染み込んで腐らせてしまう

ならばいっそ空にしてしまおう

旧校舎の裏に埋めておいた人形

終わりが来るって知ってた?

終わりが救いだって思ってた?

有り余る幸せは毒になって

本来あるべき姿に迎合する

あなたの中で死ねたらよかったのに

朝の光の中で人になってしまった。

 

 

 

 

 


十一月

見知らぬ街灯が辺りを染める

君を知らない季節が大嘘を吐く

言葉の羅列で君は傷だらけになって

言葉の礫を窓から無作為に投げていた

四階の男子トイレには秩序が無い

その代わり、もう一人の君が在る

坂道を降る間のブレーキの余韻

世界の真ん中は四角い空の下

110円のカフェオレを買ったら

あの子が五階から見下ろしていた

君の代わりに私を救ったあの子は

結局ただのかたちだったのかもしれない

私は何にも救えない

私は何にも忘れない

私は何にも憶えてない

君の足の骨は誰が折ったの?

 

 

 

 

 

 


十二月

言葉は容れ物だった

私の言葉は隙間が無い

誰も入れない

お願い、私を無視しないで

あなたの言葉は隙間だらけ

誰もが素通りする

程度の低い音楽を聴いて

それでも流れる涙は溶けた脳味噌か

太陽に嫌われてしまったあなたは

私よりも上等な生き物を食べて

あなたの容れ物中に私の

居場所が用意されていたことに気付いたのは

もうとっくに言葉が酸化したあとだった。

お願い、私を悪く言わないで

君が君を守る為に吐いた嘘で

私はあまりに多くを失った

月に誰が花束を渡したの?

 

 

 

 

 

 

 


十三月

船に乗った

ひとり乗り用の船に乗った

波のない、穏やかな水面

僕しか映らない筈の世界に

僕だけが空白だった

君の知らない歌を歌って

君の知らない世界で旋回

容れ物に入れられた幾つもの物事

かたちの中で、みんな仲良く死んでゆく

還ることは許されない

この悪夢の中で正義に縋るのは

あなたに許して欲しかったから

あなたに愛して欲しかったから

僕は新しい容れ物を探す

次は、優しくない容れ物がいいな。

次は、何にも知らない容れ物がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

一月

手のひらに嫌いな人間の名前を書く

三度目で握り潰して代わりに生きる

僕の誠実さは言葉にしないこと

言葉があるからいけない

言葉があるから間違える

何もかも消えてしまえば良い

消してしまえば良い

太陽のように笑うあなたが

空知らぬ雨を降らさないように

僕は太陽にも傘にもなれないから

せめて、消しゴムでありたい。

 

 

 

 

 

 


二月

大きな鐘を買った

どこに行くにも引きずって歩くんだ

みんな笑っていた

太陽も笑ってた

だから口を塞ぐことにした

鐘の音だけが聞こえるように。

さっきから嫌な音がする

まだ塞ぎ切れていない穴があったか

僕は大きな大きな心で

それらを抱き締めてあげなければならない。

ゆめに見た風景に閉じ込める為に。

 

 

 

 

 

 


三月

花言葉を調べるようになってから

あなたのことを忘れるようになった

物事は何かに入れられたあと

緩やかに風化するのだという

放射状に広がる花の名前を調べたら

無限の苦しみという言葉が付随していた

限り無いとはなんだろう

限り有るとはなんだろう

僕はまた一つ知って

また一つ失って

総量が変わらないなんて

どこかおかしいなぁと思っていた

だから、総量を変えることにした。

僕の好きな花だけ植えた花壇を作ればいい。

君が泣いている気がした。

 

 

 

 


四月

安い孤独を自販機で買った

安い味がして

未だにやめられない

 

 

 

 

 

 


五月

夜中、眠れなくて海を目指した

そういえば行き方を知らなかった

とりあえず歩く

海が無くなっていた

そういえば半年も前から雨が止まない

みんな傘を差すことすら諦めてしまった

海だった場所はもう見えない

僕らはいつの間に空気のない場所で

誰が誰だか分からなくなってしまっていた

あの三人を質問責めにした後で

僕は何を得たのだろう。

何が欲しかったのだろう。

それを、誰に伝えたかったのだろう。

 

 

 

 

 

 


六月

周回を間違えた

誰も居ない季節を生きてしまった

どこで何を間違えた

異物を吐き出す流動

かたちの中で終わるかたち

僕はもう、誰でもない

私に聞かないで

あなたに話さないで

君が作ったんでしょう?

もう同じ季節を生きられないのに

なんだか、最初からひとつだったみたいね

雨なのか海なのかゆめなのか日々なのか

ずっと同じゆめの中に居たような気がする

ねぇ、あなた名前はなんて言うの

悪い夢でも見えるみたいに

人めいたあいつは

私の顔をしていた

私は、あいつが羨ましかった

いってらっしゃい

おやすみなさい

さよなら

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